SCHOLAR

「スコラ式変革」を提唱するその理由

私の考え方のルーツ、私のやっている仕事。

ビジネスの世界でチャレンジをし続ける三十代

「豊かな人生とはどういう人生のことをさすのだろう。

働く、とは人間にとってどういう意味を持つのだろう」この種の問いは本当に根源的なものですが、こうした問いをいつも忘れないようによう、と思いながら仕事をして来ましたし、またこれからも歩んでいきたいと私は思っています。

多感な二十代半ばの約二年、ヨーロッパの地で暮らしました。
ヨーロッパという地域には本当の意味で‘豊かに生きる’ということが、人類の歴史的経験としてしっかりと蓄積されていると思います。
ここでの貴重な肌感覚が、その後の私のものの見方をそれ以前に比べてはるかに多角的にしていったと思いますし、考え方のベースも作ってくれたと思っています。
と同時に、こうした外国で生活をする、という経験から学んだことは、「欧米の物まねをして、一見それがすばらしいものに見えたとしても、日本人としてのアイデンティティを失ったままだと、決して世界で通用することも尊敬されることもない」という事実です。

日本という国のすべてがすばらしいわけではありません。
日本の持っている問題点は問題点として正しく変えていく努力をするのは当然ですが、それよりもその強みを発見し最大限に生かす、ことこそが私たち日本人にとっては最も大切なことだと思うのです。

日本が抱えている本質的な問題という意味では、二十代の頃、日本に帰国したときに鮮明に感じた違和感が私の原点です。
すなわち、私たち日本人が、‘自分の時間’や‘自分の人生’を大切にすることよりも周りの目や思惑を優先しようとする姿勢を強く持っているからです。周りの人を大切にする、こととその目を気にすることとは本質的に違います。周りの人は大切にしたい。
でも、その目を気にすることで自分に正直でなくなるべきではない、と思うからです。
自分というものを大切にしようとしないこうした私たちの姿勢は、経済的に豊かになった今もなお私たち日本社会が抱えている大きな問題点として、私の前に立ちはだかっています。

帰国後、教育学を学ぶため大学院に入りなおし、その三年目、博士課程在学中にドイツ語学院を起業しました。
それまでビジネスの世界とはまったく無縁の生活をしていましたから、語学学校という、今までの自分の経験や知識が活かされ、自分の頭で考えさえすればそれなりのビジネスモデルも作れるという比較的分かりやすいフィールドからビジネスの世界に飛び込めたことは幸いでした。

この経験の中で、ビジネスという世界に学問の世界では味わうことの出来なかったダイナミズムを感じたことがきっかけで、ビジネスの世界でチャレンジをし続ける三十代が始まりました。
もともと私は、すでに出来あがっている系統だった知識から学ぶよりも自身の生(なま)の経験を通して学ぶことを好む傾向が人よりも強いようです。
ビジネスの世界で体験した強烈な印象が自分なりの経営観や仕事観を自覚的に認識していくのに役立ったと考えています。

私の考え方のルーツ

私が提唱している経営改革の中で中心的な役割を果たしている概念としてコアネットワーク、スポンサーシップという考え方があります。
こうした概念に代表される一連のものの見方、そこにある組織観、人間観というのは、人間が人間らしく振舞うことを保障する前提条件である民主主義と、人間の精神のダイナミズムを保障する仕組みである資本主義が、どのようにすれば統合していけるのか、という私が最も大切だと考えているテーマを解決してゆくために必要とされる手がかりなのです。

こうした私の一連の「考え方」を発想するに至った原体験のルーツは三つあるように思われます。そのひとつが先ほど触れた、ヨーロッパの文化に生活感覚で触れる機会を比較的若い時代に持てたことです。
すなわち、仕事そのものが目的では決してなく、仕事は人間が豊かに生きていくためのあくまでも手段である、という当たり前のことを当たり前にやりながら豊かに暮らしている人たちが人類の歴史的な知見の証として現実に存在している、という事実を体感したのです。
また、こうしたヨーロッパの国々での多くでは、労働生産性も十分に高いという事実も同時に忘れてはならないことと思います。

二つ目は教育、及び教育学を大学院で学んだことです。
これに関してはある程度系統的に、そして自分のものとして学びました。大学卒業後三年間という短い期間ではありましたが教師をした、という経験が教育学というものを私の人生観や生きかたの中に取り込む作用をしたように思います。
私の「ビジネスにおける変革と進化」に関するものの考え方の根底に教育学の歴史的な知見が横たわっていると思います。

私の考え方の基盤を作った三つ目が経営者としてビジネスの世界というものを体験してきたこと、です。
起業して五年後、あることがきっかけで企業内研修の会社を経営することとなったのです。
この教育研修という、ビジネスの世界を概念として捉えるチャンスを多く持つ仕事に携わった意味は大きかったと思います。
しかし、この仕事には、正直なところいつも心のどこかに違和感を抱えていました。
用意した答えを、あたかもそれがこれしかない唯一絶対の答えのように研修生に教え込む、当時行なわれていた研修というものが持つスタンスに、自分が社長をしていながら、何か違う、といつもどこかで感じていたのです。

当時、研修で主張されていたビジネスの論理というのは、企業の目的は利益である、と言い切るような人間不在の価値観で構築されていました。
そして、現実とは乖離した建前で作り上げられたこうした精神論が醸し出す嘘っぽさを、何かいかがわしい、と感じながら仕事をしていたのです。
企業というものは人の幸せのためにこそ存在します。
利益が必要なのは当たり前ですがあくまでそれは目的ではなく、人が幸せになるための手段だ、というのが私の信念です。

確かに企業は戦争にもたとえられるほどの厳しい競争の只中にいます。悠長なことを言っているだけで生き残れるほど甘い世界でないことは間違いがありません。
そして、人間の持っている力を全て出し切るだけの努力がなければ簡単には生き残れないのも確かなのですが、だからといって利益を上げるためには人が不幸せになっても良いわけではないのです。

企業という組織が発展していくのは、その中に潜んでいる問題を見つけ出し、それを解決することによってです。
進化していく企業はこの問題解決のサイクルが上手に回っています。

通常、会社では上司に指示をされ、業務として問題を解決していくのが普通です。ただ、せっかく問題を解決しても無理にやらされてやっているとしたら、人は達成感をあまり持てません。
やりがいをより強く感じるときというのは、問題解決のサイクルをより主体的に回せるときなのです。

問題解決のサイクルが自律的に深く回り始めると企業というのは活力を増します。働きがいが生まれてくるからです。
そして、収益も確保しやすくなります。幸せと、企業の収益とは条件次第で両立可能だ、ということなのです。

ただ、現実に企業の収益と働く人々の幸せを同時に実現しょうと思えばさまざまな条件を作っていかなくてはなりません。こうした課題は誰でもすぐにできるほど簡単な課題ではないからです。
だからこそ、条件作りのためには専門的な知恵が必要とされ、プロセスデザイナーの役割もそこにあるのです。


私のやっている仕事

私が二十年余り前から、使命感を持ってやっている仕事というのが、まさにこの壮大な課題へのチャレンジです。そして、こうした仕事の専門家をプロセスデザイナーと呼んでいます。

プロセスデザイナーは企業の中で、人々が自発的な意志で問題を見つけ、解決できるような条件作りをサポートします。言うまでもなく、この条件作りも問題解決のひとつです。
そして、問題を解決するのはその企業の人々です。プロセスデザイナーの役割はそれを達成しやすくすること、時には「テコの原理」のテコの役割をプロセスデザイナーが果たすのです。この場合、テコを動かす力の主体はあくまでその企業の人々です。

プロセスデザイナーの仕事は通常はコンサルタントと呼ばれる仕事の範疇に入っています。しかし普通のそれと決定的に違うのは、「答えもしくは対応策を作ってクライアントに引き渡す」のが仕事ではない、というところです。
つまり、クライアントが「自ら答えもしくは対応策を作っていくお手伝いをする」のです。
ほとんどのクライアントは自分で答えを作るだけの能力はもともと持っています。しかし、組織が出来ることで生じる軋轢がその能力が発揮され難い状況に落ち込んでしまっています。「この状況から抜け出ていくお手伝い」、といったほうがいいのかもしれません。
このやり方の何が良いのかといえば、自分で答えを作りますから、他人から答えをもらうのとは違って再現性の確率がかなり高いところです。
つまり、制約条件を突き抜けながら考えていく力が身につき、協力して仕事をし得る信頼関係が周りに出来、結果として状況に応じた答えを自ら作るだけの「対応力」が身についていくのです。

そういう意味では、組織の中でお互いの信頼関係を作っていくお手伝い、制約条件を突き抜けて考えていく力を引き出していく、お手伝いをしているのが私たちの仕事、といってもいいのかもしれません。

柴田昌治プロフィール

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